マッスル北村先生についてまとめました:https://haga-seven.style/archives/674
本名「北村克己」 東京都出身 1960年10月6日生 2000年8月3日亡
父は彫刻家で下には妹さんもいらっしゃって4人家族の長男として育っていきます。
小学生の時、「ラジオ組み立てキット」に夢中になり夢中になって組み立てていたそうです。ですがラジオにとどまらず電気製品に興味を持ち始め研究し始めるそうなのですが、家にあるラジオを分解しては修理をしていてそれだけでは飽き足らず壊れたテレビを電気屋に譲ってもらい分解しては壊れた原因を探し修理していたそうです。
子供の頃から、人は何の為に生まれてくるのか。せっかく生まれたのだから、何か目標を見つけて限界まで挑みたい。という考えを持っていたそうです。
小さいころから哲学的な思考の持ち主だったんですね・・・僕なんか小さい頃はテレビゲームに夢中で毎日何時間もお菓子食べながらゲーム三昧でした・・・まあ時代も時代ですが・・・ほんとに真逆な小学生時代ですね・・・
高校時代は競輪選手になるのが夢で自転車に夢中でした。ですが実際に競輪選手の驚異的な走行技術を目の当たりにした時、あまりの自分との差に絶望し競輪選手の夢を諦めた唯一なんか北村さんぽくないな・・・
ボディビルに出会うまでは、漫画「あしたのジョー」に影響されボクシングをやっていたが、相手が気の毒で自分が殴られた回数を数えてその分しか殴り返さなかったそうです。
当時50kg台でとても痩せていたがパンチ力は凄まじく、当時後楽園のゲームセンターにあったパンチングマシンを2台破壊したとマッスル北村さん本人も仰っています。
大学入試では現役で防衛医科大学と早稲田大学理工部に合格するも蹴って2浪人して東京大学に合格します。
だけど通ったのは実質1週間ほどで、学校に通う通学路の途中に公園があっていつもそこで縄跳びしたり走り回っていたそうです・・・学校サボるのは分かるけど、デートしたり映画みたり遊んだりするもんでしょwww
そしてボディビル&ウェイトリフティング部の先輩に誘われて、学生ボディビル大会に出場することになる。
惨敗してしまったがこの悔しさをきっかけにボディビルに没頭することになる。
その頃の食事が1日で卵を全卵30個、牛乳3リットル、鯖缶3缶、プロテイン粉末300g、消化剤を大量摂取、鶏肉をミキサーにかけてジュースにして飲んでた。
当時のプロテインって今でこそ安く変えるけど凄い高価な物だったと思うし不味かったと思う。僕の父もほんとに不味かったと昔言ってました。消化剤というのは恐らく強力わかもとの事でしょう。YouTubeにも出てきますし彼の伝説がかかれた「マッスル北村 伝説のバルクアップトレーニング」という本にも書かれていました。強力わかもとの瓶が庭に沢山積まれていたとか・・・
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2017年よりゲイと公表しました。2013関東学生ボディビル新人賞。2014全日本学生ボディビル6位。2017,2018神奈川県ノーギアパワーリフティング大会105kg級一位。トレーニングを通じてボディメイクとLGBTに関する悩みの手助けができたらと思います。
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