『月と金星』より抜粋
カクテルシェイカーのようによく冷えた中央線特別快速の中、レシピサイトで今晩の献立を考えていると同僚の牧さんからメッセージが入った。
『よ』
『よー』
『お疲れ』
『まだ経理部いる?』
『お疲れ様です』
『いや』
『そろそろ最寄りです』
『はや!笑』
『まぁたまにはね笑』
『牧さんはお決まりのやつですか?』
『からかう暇あるなら助け舟出してよ、、華金なのに、鹿島が私を離さない』
課長の鹿島さんは彼女が大のお気入りで、金曜はいつも仕事を増やして2人で残業し、20時頃飲みに誘うのがお決まりだった。
『笑』
『そうしたいのは山々ですが』
『うん、どうしようもない』
『あのさ、今日見たい映画あるんだけど、トムハーディ主人公のやつ。帰りにTSUTAYAで借りてく?』
その文面を見て僕は目を閉じた。
やってしまった。
一昨日の昼下がり、社食で山菜蕎麦を食べていると、珍しく彼女が声をかけてきた。
「どうしたんですか」
「だって。周り人いないし」
確かに、200席ある空間には僕たちをのぞいて4,5人しかいなかった。
「あらほんとう。でも仕事戻らないと鹿島さんに残らされますよ」
そう言うと、彼女は少しもじもじして言った。
「あのさ、金曜お邪魔してもいい?」
確かにそう言っていた。そして僕は予定も確認せず、蕎麦をすすりながら確かに頷いた。
きっと彼女の中では今夜のシナリオが緻密に練られていたに違いない。21時ごろ駅に到着、帰路で好物の肉まんとコーラを買ったらマッドマックスかブロンソンを観る。ダークナイトとインセプションも捨てがたいが、ノーラン監督のハーディは決まって脇役だ。そして映画が終われば午前2時のシーツで深い眠りにつく。
僕は卑しくも先約と彼女を天秤にかけた。
『すいません』
『今日弟が来ることになって、』
ありのままを伝えればきっといい思いをしないから、僕は一部だけを切り取った。
既読はついたが返答は遅く、腹の底が締め付けられた。
『そっか』
『まぁこればかりは仕方ない』
『あんまり会えないだろうし、家族団欒を楽しんで!』
『ごめんなさい、』
『気にしなさんな。明日死ぬわけでもあるまいし』
『来週ブロンソン観ましょう』
『え、なんで分かったの』
『好みそうだから』
『そっか笑 ありがとね』
『こちらこそ、ありがとう』
タイミングを失った曖昧な関係の果ては、一体いつ訪れるのだろうか。
列車の扉が開き、ホームに足をつけると、顔には茹だるような熱風が吹き付け、今夜は熱帯夜になると予感した。
巨大な看板が見下ろす駅前広場はくたびれて背筋が曲がったサラリーマンや出会いを求める溌剌とした若者で溢れている。雑居ビル群の隙間に張り巡らされた薄暗い商店街に入れば、魚の煮付け、肉饅、もつ煮に焼き鳥、色んな匂いの湯気が空間に立ち込めてすごい湿気だった。
僕は客引きを避けながら、地下の食品店で肉野菜を買い足し、一本裏手に入って桃色の壁が大変チャーミングなフィリピンパブ脇の階段を上がった。
薄っぺらい扉向こうの築50年2DKに期待できるものなんて何もありゃしない。生活に必要なだけの家具とオーディオと数本の植木鉢があるだけだ。
床に散らばるペットボトルや延長コードを避けながら僕は汗ばんだ服を脱ぎ、大窓を開けてベランダに出た。目の前には雑居ビルに囲われた小さな中庭と一本の街灯があり、そこでは子供達がキャッキャとボール遊びを、猫はシャーシャー喧嘩を、パブのママはゴンゴン洗濯機を回していた。
頭上の四角く切り取られた空には、藍夜に飲み込まれる夕焼けの中、淡い輪郭を持つ月と金星が寄り添うように輝いており、さながらムンクの星月夜のようだった。
「そんなもん吸い出しちゃって」
口元で紙煙草がじんわりと赤い火を灯す中、ママは言った。
彼女の会話の始まりはいつだって間が悪い上に好戦的で耳に障る。
「あれ、こりゃどうも。これから出勤ですか?」
僕はフェイスパックにヘッドタオルの大怪獣ダダもといママへ聞いた。
「暇ならうち手伝いなよ。先週ちょうど一人辞めたから」
「毛の処理してませんけど大丈夫ですか」
「客引きだよばか。つまんないボケしやがって」
「まぁまぁ。そういや、今日葉来ますよ」
そう言うと、彼女のフェイスパックは顔から剥がれ落ちた。
「えー!早く言ってよ!いつ来るの?」
「さぁ、特に聞いてないんで」
「聞けよ」
「時間あったら寄りますよ」
「なくても寄りな。成田屋のちゃんぷるーあるから食べさせて。あの子成長期なんだから」
「いつもすみません」
火を潰して部屋に戻ると、僕はたまっているオールナイトラジオを流しながら牧さんの歯ブラシやパジャマをしまい、床は念入りに掃除機をかけた。浅ましいことは自覚している。
『今まで本当に長い間、お世話になりました』
そんな言葉を聞いたのは3年前の春のこと、近所のバス停だった。
田村光は深々と頭を下げ、まだ小学生だった弟の葉とこの部屋を出ていった。
僕がうつむく彼を「またな」と強く抱きしめると、「本当にまたあるの?」と返ってきた。
「うん、絶対あるから、大丈夫」
そう言いながら、僕は彼女の目を見て頷いた。
「じゃあ、行くね」
「うん、元気で」
「樹も元気で」
光はとても穏やかな表情をしてバスに乗った。
車体が交差点を曲がって視界から消えた時、長い年月をかけて築いた自分の半身が死んだ気がした。
「こんな終わり方後悔するよ」
ママはそう言った。
「どうしようもないでしょ」
僕はそう言い、階段を上がった。
最低限のものが持ち出され、「捨てて」と告げられた穴あきのニットやダイアナのヒール、使い古したスケボーはあまりに生々しく、今でもクローゼットの隅に残したままだ。
随分昔、光へ告白をしたその日、彼女は僕を自宅に連れて行った。
煙草の煙が立ち込める古いアパートには痣のある母親とその恋人と、赤ん坊の葉がいた。
一目でその家庭に何が起きているか分かった。
そしてその日の夕方、僕はアパート脇のブランコでひどいフラれ方をした。
だから18になったら3人で住もうと言い返すと、彼女はくしゃっと笑った。
3人で7年間、この部屋で暮らした。働いてばかりで余裕のある暮らしなんて送れなかったけれど、幸せだった。葉を自分の弟のように、子供のように可愛がった。
入学式も授業参観も運動会も、僕は当たり前のように出席したし、色んな場所を3人で見て回った。
そして葉が人一倍努力家で、思いやりのある自慢の少年になった時、僕と光はとうに恋人ではなくなっていた。
彼らが去った晩、ソファに座って呆然としていると、葉から電話があった。
深夜零時の公衆電話からだった。
「もしもし」
「葉?どうした?こんな時間に出歩いちゃダメだろ」
「コウちゃんと同じ布団だから寝らんない、なんか部屋臭いし」
「そっか、それは寝られないな」
「もうほんとに戻れないの?」
「うーん、分からない。やっぱりちょっと難しいかもな」
「ほんとに俺のせいじゃないの?」
「それだけは違う。何度も言うけど」
「戻りたくないの?」
「戻れるなら、うん、戻りたいかな」
「俺も戻りたい。帰りたい」
「うん、そうだよね」
「うちに帰りたい」
血も縁も繋がらない少年のすすり泣きに、僕は携帯を押し当てることしかできなかった。
スピーカーから流れる宇多田ヒカルのニューシングルと共に鶏の一枚肉を卵にくぐらせていると部屋にチャイムが鳴り響いた。粘り気のある手のまま扉を開けると短髪になった葉が立っていた。
「えらい早くないか」
「部活早く終わったから」
「なんで息荒いの」
「走ってきた。何となく」
「若いって罪よねー」
僕はそう言いながら、彼の手に下がる成田屋のビニール袋を見た。
「あ」
「え、まじ」
僕が頷くと、彼は大きく溜め息を吐いた。
「まぁ、育ち盛りだから大丈夫。二人前食え。というかどうしたそれ」
襟足まで伸びていた彼のさらさらヘアーは3週間見ないだけで引き締まったツーブロックに変わっていた。
「変?」
「変じゃない。ただ垢抜けたなぁと」
そう言うと、彼は少し口元が緩んで嬉しそうにした。こんな素直な高校生この世にいるかねってくらい素直で、こっちが恥ずかしくなる。
「お、チキン南蛮!手伝うことある?」
「いやいいよ、ゲームでもやってろよ」
「えーそうですかー」
葉はテレビゲームを立ち上げて通信対戦をはじめ、僕はキャベツを千切りにした。
彼の高校進学を機に、二人は新高円寺から四ツ谷に引っ越したと聞いた。
二人がどんな物を食べて、話して、誰と暮らしているのか、僕は何一つとして知らない。
葉は彼女のことを話さない。話したがらない。
高温の油にくぐらせた鶏肉はパチパチと小気味良い音を立て綺麗なきつね色に揚がった。それから隣のコンロで醤油と砂糖とみりんベースの甘辛いタレを作り始めると、葉はゲームを止め、冷凍庫にあった残り物をひょいひょいと集めた。
「えー、いいのに」
「大したことしないよ」
「味噌汁?」
「うん」
僕はだしの素を渡し、彼は鍋に火をつけて具材を炒めた。改めて横目で見ると、身長は僕とそう変わらないし、体つきもがっしりし始めていた。
彼がまだ保育園の頃、仕事漬けの彼女は家を開けることも多く、大学生だった僕と彼は、よくこのキッチンにいた。
初めて彼の好物のチキン南蛮を作った夜、出来上がりはまずまずだったが、やや事有り気な表情の葉を見て僕は慌てた。
「ごめん、コウちゃんのと違った?」
そう聞くと、彼は首を横に振った。間違いなく揚げ物担当の自分に非があると確信したが、原因も分からず、僕は葉が残さず食べる姿をじっと眺めることしかできなかった。
一連の出来事を深夜に帰ってきたコウちゃんに話すと、彼女は静かに笑っていた。
「うちはさ、なんでか卵と小麦粉なんだよね。もしかするとお父ちゃん九州出身だったのかも。ほら、私顔も濃い目だし」
彼女は眉間の掘りをつまみ、金麦をぐびぐび飲みながらチキン南蛮もどきを食べていた。
「なんだ、美味しいじゃん」
「そりゃレシピ通り作ったからね」
「葉は贅沢なやつだなぁ」
食事を終えると彼女はすとんと眠り、朝になればまた働きに出る。襖越しの葉が起きないよう、僕たちはいつも明かりと声を絞って深夜のわずかな時間を過ごしていた。
「じゃいただきまーす」
葉は何とも行儀悪く、山盛り茶碗の上にどっさりと肉を乗せ、タレのしみた米をかき込んでいた。
「うまい!」
「そりゃ良かったよ。なぁ」
「ん?」
「彼女できました?」
僕がそう言うと、葉は僕を睨んだ。
「なんで?」
「当たっちゃったか」
「違うって」
「じゃあ気になる子?」
彼はいや、と首を傾げながらもゆっくり頷いた。
甘酸っぱすぎて叫びたくなったが、嫌われたくないので我慢した。
「写真ある?」
そう言うと、彼はスマホを取り出し、真剣に写真を探し始めた。
見せちゃうの、見せちゃうのか!本当にこいつには思春期がないのか!
ツーショットの写真に映る彼女はまぁ結構な美人で、こいつは面食いだと確信した。
「お、可愛いじゃーん。と言うかツーショット」
「普通に、体育祭の時のやつだし」
「いや体育祭でも二人じゃ撮らないだろ」
それから僕たちは彼女にアプローチするための戦略を紙に書いて練った。練りながら、かつての自分が使ったアプローチと同じものだと気づき、我ながら呆れた。
「焦らずゆっくりやりたまえよ葉くん」
僕は葉にチキン南蛮の一切れとトマトをあげた。
「トマトはいらない」
「贅沢なやつだな」
「樹はさ、彼女とかいないの?」
「え」
初めて聞かれた、そんなこと。
「ごめん、忘れて」
「いたら、どう思う?」
「うーん、まずはちゃんと紹介してほしい?かな」
「・・・・呼んでみる?」
茶席に締める帯 在 まとめまとめの Youtube 的最佳解答
【まとめのまとめ】
チャンネル登録はこちら
https://goo.gl/QN6ioA
長いのでわけます。
1/4義実家にて同居中。
基本的にみんないい人。
ある日、
全員揃った夕飯の席で、
夫が
「主婦ってニートだろw
楽しすぎw」
と発言。
会社のバカ後輩に何か
刷り込まれたらしく
「適当に家事して子の面倒
見るだけなんて誰でもできる」
と。
さらに義父も夫に激しく同意。
二人して、代わって
ほしいとか家族養うのは
楽じゃないとかグチグチ。
うちは義父母と大学生義弟、
高校生義妹、夫と私と5歳
双子と2歳の子の9人家族。
義父は現役、義母は自宅で
お茶の先生。
私は基本専業主婦で、
義母のお茶教室が休みの
日は子を義母にお願いし、
実家
(車で10分)
の自営業を手伝いに行っている。
義母義妹が怒り出すのを制止し
「じゃあ交代してみます?
私の毎日は、
まず5時起床、朝食作りと
義父・夫・義妹・双子の
お弁当作り、
洗濯と掃除、双子を
幼稚園へ、2歳子と義母とお昼、
買物と双子のお迎え、
夕飯作りです。
できるんですね?」
と言ってみた。
夫はちょっと焦ってたけど
「楽勝wでも交代は無理。
仕事あるし」
と逃げやがるので、
「来月の連休があるじゃない」
と言うと黙った。
夫の会社には電力
休暇というのがあって、
10日くらい休みになる。
さらにその年はたまたま
祝日や土日、
休日の出張振替などが重なって、
半月くらいの連休になる
はずだった。
2/4
さすがに夫
「いや、その連休は…
ゆっくりしようと思ってて…」
とオロオロ。
すかさず義妹
「楽勝なんでしょ?
ゆっくり休みつつやりなよ」
ポカーンとしている義父には義母が
「あなたもお休みの日は
お手伝いなさってね」
と優しく攻撃。
義弟も「ちゃんとやれよ」
と私達の味方。
二人とも後に引けず、
ひたすら引き攣ってた。
夕食後、
テーブルに家計簿を広げ
私がどのように家計を
切り盛りしているか説明。
連休は月初からだったので、
最初にひと月分の生活費を
渡す事になった。
翌日義父と夫を連れて家中を回り、
掃除道具の場所などを説明
しメモを取らせた。
義父はチラシの裏にでか
文字で書いていたので、
途中で書く所がなくなった。
さらに期間中、私は実家の
手伝いにフルタイムの
パートさんと同じ時間帯
(8時-17時)
で行くと宣言。
その時、娘さんの
結婚式やらお父さんの
入院やらでバタバタして
いるパートさんがいて、
少しでもまとまった休みを
…と話していた最中だったので、
その期間だけ交換ってことで。
「以上だけど質問ある?」と聞くと
夫「…ないです」
義父「…」連休初日、
6時に起きて台所に行くと
夫が朝ご飯を作っていた。
料理はまあまあできる夫、
「うまそうだろ?」とドヤ顔。
お弁当は何故か全員分。
夫曰く、節約の為に
今日から全員昼は弁当らしい。
義弟もかと聞くと、
「あいつは気を使って
お前には言わないけど
コンビニ弁当ばっかりじゃ
飽きるし健康にも悪い、
普通は気を使って作ってやるもの、
主婦として当たり前、
お前は冷たい」
とグチグチ…
そこで
「義弟くん、お昼は彼女が
お弁当作ってくれるから
コンビニ弁当なんて食べてないよ。
学食もあるし」
と教えてあげた。
さらに私
「義弟くんのお弁当は
いらないって説明したよね?
義のさんも、
今日は着付けを頼まれ
てるからお昼は家で食べないよ。
昨日言ってたじゃん」
夫「…」
3/4 さらに
「朝ご飯に焼鮭と目玉焼きで、
お弁当にも焼鮭と
卵焼きねぇ…作って
もらって申し訳ないけど、
私は朝昼晩と食材が
重ならないようにして
いたのもちろん気付いてたよね?
(たぶん気付いてない)
私はいいけどみんなどう
思うかなあ。
ウトさん血圧とかねぇ…
塩分のとりすぎはねぇ…」
と夫のマネしてグチグチ
言ってみた。
ちなみに義父の血圧は別に
異常ない。
さらにチェックすると、
一つだけおかすが違うお弁当が。
これは何かと聞くと
夫
「2歳子は卵アレルギーだろ?」
もうね、
呆れてしまった。
私
「双子が小さい頃、
卵アレルギーかもって
時期が一瞬あったけど、
結局大丈夫だった。
あなたにもちゃんと報告した。
2歳子は今の所アレルギーなし。
自分の子の事なのに何も
知らないんだね」
夫ボーゼン。
ちなみに2歳子のお弁当には、
卵焼きの代わりに
ぶつ切りのちくわと皮を
むいたキウイが詰められていた。
ちくわとキウイが密着して
いたので、
「キウイ味のちくわマズソー」
とも言ってみた。
慌ててアルミカップ探してた。
朝食後、
双子を幼稚園へ送り、
掃除と洗濯したみたい。
義弟曰く、義弟が家を出た時
(10時くらい)
に洗濯物を干し始めて
いたが忘れ物をして
12時頃一度帰宅したら、
まだ干し終わってなかったらしい。
9人分の大量の洗濯物が
干しきれず、
苦戦していた模様。
ハンガーの場所も教えたのに。
夕飯は鶏のから揚げと
ポテトサラダとみそ汁。
から揚げは冷めていて中が
生だった。
ポテトサラダは火が通って
いないじゃがいもがあって、
しゃりしゃりしていた。
から揚げはチンして火を通し、
ポテトサラダは軽くマッシュして、
固いのは夫の皿に投入。
みんな料理の事には触れず
会話した。
夫は気まずそうな顔をしていた。
翌日の朝も焼鮭で、夜はコロッケ。
ただし、スーパーで買ったやつ。
時間がなかったんだって。
4/4
4日ほどして、夫に謝られた。
義母と義妹からダメ出しが
ハンパないと。
ダイエット中だから
揚げ物は控えてとか服の
シワを伸ばして干せとか
ハンカチにもアイロンかけろとか。
「やってもらってて文句を
言うな!」
と最初はキレたらしいが、
「楽勝と言ってたのに全然
できてないね」
と言われ何も
言えなかったとのこと。
なので、
主婦は家族がいかに元気で
快適に暮らせるか考えて
家事をしている事などを
グチグチと説教し、
絶対にあなたより私の方が
家族を愛している!で締めた。
夫が
「本当に悪かったよ…もう
言わない、
約束する。
明日からよろしくね」
と言ってきたので、
「まだあと3週間以上あるよ。
明日からもよろしくね」
と告げた。
その後も謝ってきたけど、
最終的に半月分きっちり
やってもらった。
義母の圧力により、義父も
割と手伝ってた。
最終日には夫と義父に
改めて謝罪され、
感謝された。
義母義妹義弟からも、
いつもありがとうと言って
もらい恐縮した。
これからもみんなで仲良く
暮らしましょうという
ことで円満解決。
子供に変なものは食べさせ
られないので食事は毎日
厳しくチェックしたし、
掃除等がやりきれていない
場合は手伝った。
子供の送り迎えや2歳子の
面倒などは私もしたし、
義母義妹義弟もいつも
以上に協力してくれた。
子供を振り回してしまった
のは申し訳なかった。
パパといっぱい遊べて
喜んでたけど。
さすがにやり過ぎたと反省
している。
家事は義母義妹も協力して
くれるので大変だけど楽しいし。
でも、私は義実家大好きで、
喜んでもらおうと
自分なりに一生懸命家事を
していたつもりだったから
主婦は楽という考えが
どうしても許せなかった。
絆は深まったのでそれは
よかったと思う。
実家の母にはやり過ぎだと
怒られました。
おわりです。
すばらしい。
少しもDQNじゃないよ。
夫に家事させてダラダラし
てたわけじゃないし、
GJだと思うよ。
義母や義妹義弟が協力して
くれたのは、
普段954がちゃんと主婦
やってた証拠だ。
実家のパートさんも感謝し
てるだろうね。
若草物語のようだw
新入社員にベテランと同じ
能力を要求してもな…
「管理職なんて楽勝っすよ」
って言ってる奴に体験さ
せるようなもんだろ。
大半の新入社員は分をわきまえて、
努力する
乙でしたー全然DQNじゃないよ
地味だけどすごく大切な仕事だよね
自分でやるより見守る
ほうが疲れるんだよね
GJ
義父もちゃんと懲りたのだろうか
大変でも半月の綿密な
研修を組むことで、
今後50年の不愉快を防ぐ。
対効果費用としては効率良
過ぎwww
乙!
半月じゃなくて一月だよね?
ただの専業でなく実家で
仕事もしてる嫁に対して
このバカ夫…
ハァ?
俺の一日分の給賃とお前の
パート代を同じ一日の
仕事として見るな!
俺と同じ以上稼いてから寝言言え!
と逆切れしなかったんだ
それを仕事だと思っ
てないのよバカ夫はw
実家でのんびりお茶飲んで
油売ってると思ってんだろうさ
954です。
GJありがとうございます。
さんのような意見も
あるかとは思いますが、
夫
「飯なんて今の時代
いくらでもネットで調べ
られるから簡単」
私
「レシピはいくらでもあるけど、
栄養のバランスや
カロリーも考える必要が
ありますが」
夫
「涼しい部屋で昼寝してるんだろ?
電気代を人に払わせて」
私
「昼寝なんてしてたら
家事が終わりません」
義母
「嫁子ちゃんは昼間
エアコン使ってないわよ」
←子供がいるので全くではないが、
なるべく扇風機使用。
義妹
「真夏の台所で火を使う
恐怖を知れ」
義父
「責任のない仕事してる
くせに偉そうにするな」
私が言い返す前に義母
ブチ切れ以上のやり取りの末、
最終的に夫から
「俺の方が主婦に向いて
いるかもな、
お前はガサツだし」
とのお言葉をいただきましたので、
実行しました。
夫への愛情は少し
冷めましたが本当に反省
してくれたし、
後輩にも事のあらましを
告げて考えを改めるように
言ったらしいです。
後輩は、ニートの
言いなりじゃないっすか
wと言っていたそうですが、
夫の話しと主婦は
ニートという考えを自分の
彼女に全部話した
ことによりふられてしまい、
今は抜け殻のようになって
いるそうです。
それでは名無しに戻ります。
家事って手を抜こうと
したらいくらでも手抜き
できる半面、
完璧に何でもやろうと
したらマジ無限w
ばっちゃは当然のように
味噌は自分で作ってたというしな
そうなんだよね
完璧にこなしてる主婦は大変
→主婦は大変
→だから私は頑張っ
てるって曲解するダラとか
ダラ主婦は楽してる
→主婦は皆楽してるって
曲解するバカとか
今は家電も発達して家事も
楽になったけど、
9人もいたら大変な
のぐらいわからなかった
馬鹿な旦那で大丈夫?w
そして抜け殻の後輩に
新たな彼女ができませんように…。
こんなのに泣かされる女の
人がいないよう一生毒男で
いいよそのバカ後輩w
面白かった
ダラだろうがなんだろうが、
5歳双子と2歳を普通に
育ててるってだけで大変だと思う…
GJGJ!
子供いきなり二人産んで
育てて家事やってて、
さらにもう一人産んで
それでも家事やって仕事
してとやってるあたり
ほんとに頭が上がらないわ。
自分はまだ一人目だけど
最高にダラけてる。
育児休暇終わったら本気出す。
茶席に締める帯 在 まとめまとめの Youtube 的最讚貼文
【まとめのまとめ】
チャンネル登録はこちら
https://goo.gl/QN6ioA
東京住みの我が家で、
義理の妹が受験の際に
しばらく預かった時のこと
うちには砂糖が料理に使う
用と製菓用の2種類あるんだけど、
色が違うので最初に義妹に
それを伝えたあと、
間違うことはないだろうと
思っていた
入試当日は気合いを入れた
お弁当を持たせ、
声援とともに送り出した
10時ごろ、受験会場から
電話がきて、
「義妹が激しい嘔吐で
医務室に運ばれた。
救急車を呼びます」
と言われた
慌てて病院へ駆けつけると、
お医者さんと看護師さんと
大学事務らしき人、
そしてなぜかお巡りさんがいた
義妹の部屋に入れてもらえず、
別室に連れて行かれて
色んな質問をされた。
おまわりさんは途中から増えるし、
それはもう本当に事細かく、
預かってからの1日ごとの
何してた、
どこ行った、義妹との
会話を細かく、
などなど…
あまりに責め立てて聞か
れるので途中でパニクって
泣いてしまったりした
結果から言うと私は彼女に
毒を盛ったと疑われていて、
なぜそうなったかと言うと、
我が家の砂糖は「甜菜糖」
とグラニュー糖。
義妹は「天才糖」と勘違いし、
毎日のようにお茶に
ぶち込みココアにぶち込み
お味噌汁にぶち込み飲んで
いたらしい
減りが早いなとは思ったけど、
うちは旦那が好きな時に
何か作ったりもするからと、
気にしなかったのがいけなかった
センター失敗になり、
第一志望に落ちて義妹は
私を恨んだ末に歩道橋から
突き飛ばされた
義両親も旦那も義妹を
コテンパンに締め上げ隔離
してくれたが、
そのあとも度重なる
ストーキングに参ってしまって、
結果私たち夫婦は離婚した
ゆうべ同僚から、
義妹らしき人が
オフィスエントランスで
私のことを聞いて回って
警備員に連れてかれ
てたよと聞かされて、
このままだといつか
どっちかが市ぬ
んじゃないかと怯えてる
元義妹は天才的なバカなんだね
偏差値は高い方だったのに、
生活に関することが
ものすごく抜けてるな、
と感じてた
ものをよく知らないとか
チャージの仕方を知らなかったり、
「元栓」という言葉を
知らなかったり
甜菜糖を間違えるような
低レベル受験生およびその親なら、
どのみち合格は出来ないと思います
義両親は泣いて義妹を
殴り飛ばして私に謝って
くれたけど、
↑の通り、普段の生活の
中のことを全部やってあげ
ちゃってたんだろうから
同情しにくかった
甜菜糖の勘違いも、
「んなわけないだろ」
としか言えなかった…
義妹outやな
よくわからんのだけど、
試験当日の義妹の
体調不良の原因が甜菜糖?
たぶん。
連日の糖分摂取のせいで
気持ち悪くて、
会場では暖房の近くで
気持ち悪さが倍増して
ついに吐いちゃったらしい
それで試験監督とか
事務員さんとかが周りにいる時に
「おねえさんのせい!
おねえさんの!」
みたいに訴えたらしい
救急車では救急隊員の人に
「おねえさんが用意した
もののせいで」
みたいな、はっきりと事の
顛末を話してなかったせいで
「盛られた!?」という
流れに(周りが)なったそう
ゲン担ぎだったのかも
しれないけど大量摂取
したらまぁねぇ
甜菜糖を摂りすぎると毒を
盛られたような症状が出るの?
そんなわけ無い。
砂糖に比べて甘味が薄い
のが特徴なので、
砂糖と同様の甘味を
求めると大量摂取になりやすい。
当日は緊張してだだろうし、
水分も控えめにしてただろうから、
浸透圧の関係で脱水症状を
起しやすくなるよ。
吐き気(嘔吐)は、脱水
症状の典型的な症状の一つだ。
なんで
「お姉さんのせい!」って
言われたんだろうな
元から折り合いが悪かった
んだろうか
最初は甘えだったんだろう。
初めての(?)挫折を
認めたくなくて責任転嫁。
それを誰も判ってくれないから、
意固地になった。
今は、自分が上手く
逝かないのは全部元義理姉のせい。
と思い込んでる怖さを感じる。
元義理姉さえ排除すれば、
全てが好転すると思い込ん
でるようなら危ない。
くれぐれも周囲に気を
つけてください。
としかいえないわ
おねえさんの家のものを
食べたらこうなったから
おねえさんのせい!みたいな
アホはすぐ人のせいにする
娘を野放しにしている
元旦那と元義実家が悪い
甜菜糖はオリゴ糖が含まれるため、
食べ過ぎると下痢します。
勉強はできるけどバカだったんだな
情けなくて泣く父ちゃんは
いなかったのか
仮に「天才糖」という
名前だったとしても大量に
摂取したら天才になると思うか?
元々ちょっと合格判定に
届いてなかったから藁にも
すがる思いって奴じゃないだろうか
もしも本当に頭が良くなる
砂糖があると思ってたなら
常識ないとかのレベルじゃない
きっと私の合格祈願の験
担ぎに買って来てくれたんだ!
とか思ってたんじゃね
だけど、義妹との
折り合いは悪くなかったよ。
ごく普通。
センターの数日前から家に
泊まりに来てて、
受験生だから時間帯も
不規則だしということで
「お茶とか軽食はキッチン
勝手に使っちゃっていいからね。
飲み物はここ、
粉末スープはここ、
調味料はここね」
なんて説明からの
「この茶色いの何?」
「お砂糖だよ。
甜菜糖。
コーヒーや紅茶は
スティックシュガー
あるからそれ使った方が
面倒臭くないかな?」
なんて会話があった
泣いたのは義母だけど、
義父ももちろん大激怒で、
義妹の予備校代は払わないからな!
と怒ってた
義妹は偏差値割と高かった
んだよね。
狙ってた大学も高めだったし。
だけどさっき書いたように、
世間知らずなところはあった
私のパソコンの画面を
何度も指でグリグリしてたり、
リモコンを人に向けて撃つ
(義妹がそう言った)
と体に悪影響と信じてたり、
栄養まとめて取れると
言ってご飯を野菜
ジュースで炊いたりしてたんで、
ちょっとかなり驚いた
元義父母に連絡を入れたので、
今後の対策はこれから練るけど、
ああいうタイプは法的
効力がきかないから
厄介だと前に人に言わ
れたから引っ越しも視野に
入れないとだ…
勉強だけしてきて他に目も
くれない、
それか勉強以外は邪魔な
もの扱いされて育った
感じなのかもね
地頭良かっただろうけれど
無知ゆえの天才糖で転落
人生に片足突っ込んだんだ…
素直に警察で良いよ
もう赤の他人だし庇う
必要もないでしょ
センター受けるのに何日も
前から東京に泊まり込み?
浪人なの?
現役なら前日も翌日も
普通に学校ですよね
ほんとだ
普通に東京の大学を受験
しに来たのかと思って
読んでたけどセンター
失敗って書いてあるね
俺が卒業した学校は、
受験日とかが近接していて、
遠方ということなら休みが
認められていた
てか、年末から年明けの
受験前までには3年間の
授業内容を終えてあとは
自習みたいな感じで教室に
いるだけだったな
だけども
ごめんなさい、微妙なフェイクが…
正確には当時私たち夫婦が
都心に住んでて、
義妹はちょっと外れの方だった
住んでたのが会場のすぐ
近くだったんで、
交通機関のトラブルが
あると怖いから、
ということで泊まり込んでた
学校はさんのいう通り、
自習だらけで受験組はその
あたりは休んでても
構わないみたいだったけど、
私はそれ以上のことは聞い
てないんでわからない
俺の学校も、同じだったな。
1月中旬から、受験の
ために欠席者が多発する。
センターの日は
終わってから学校で答え
合わせしたたから、
それで登校する人もいた
推薦で決まってる人間は、
只管自習。
受験組の邪魔にならない
ようにしてたわ。
過去に大雪で交通手段が
寸断されたことがあったので、
不安な人は前日までに移動
するように勧められてた。
北海道なら有り得る話
当日に出発すると雪で
間に合わない可能性があるから